2013年06月15日

ゲンジボタル・平成21年度飼育経過

一の坂川の初夏の風物詩として親しまれているゲンジボタル。「大殿ホタルを守る会」(中川良介会長、飼育担当 岡田勝栄)は、山口ふるさと伝承総合センターの源氏ボタル飼育場(旧・野村酒場土蔵)で、ふるさと伝承の一環として、ゲンジボタルの捕獲・採卵・孵化・幼虫の飼育放流を行っています。
平成21年度の飼育経過についてご紹介します。


○幼虫上陸

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4月13〜14日撮影


○ほたる祭開催(5月30日)

今年のホタルは6月2日がピークで、1649匹確認されました(錦橋〜俊龍寺橋間)。


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5月8日撮影


○文化庁の許可を得てゲンジボタル捕獲
(6月8日)

大殿ホタルを守る会の関係者14人で採卵用のゲンジホタル成虫を捕獲。飼育箱へ入れると、まもなく黄色いたらこ状の卵を産みつけました。 
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ミズゴケに卵を産む雌。前胸の中にETのように細い華奢な首が見える。


○卵から孵化へ(6〜7月)

6月30日朝、少量ながら、初孵化を確認。昨年より一週間早い。孵化幼虫のなかには、盛んに前進するものと、丸まっているものがいる。いずれも元気。

孵化した幼虫を水槽に移し、飼育を始めました。
水温を20〜22℃程度に保つように、井戸水を入れた大きな水槽に飼育用水槽を入れて温度調節を行います。


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直径0.5ミリの卵の中に胚が透けて見える。


◇ゲンジボタルの卵の発光

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7月4日撮影
真っ暗な蔵の中で、約20分間、目を闇に慣らすと、目の感度が高まり、ホタルの卵がかすかに発する神秘的な光が鮮明に見えてくる。肉眼では、積もった雪の表面が闇の中でぼ〜っと光るような感じ、あるいは、きわめて微弱な光源を灯した提灯の表面が面として、ぼ〜っと光る感じの神秘的な光り方なのだが、写真では光のコアだけが粒状に写り、面として光っている感じは撮影できていない。そのことから、肉眼は、カメラが感知できない、きわめて微弱な光を感知できる優秀なものだと分かる。人の目のすばらしさを、ホタルの卵の神秘的な光が改めて教えてくれている。また、一の坂川でも、ホタルの卵はかすかな光を放っているはずなのだが、街灯の光にかき消され、昼間のお星様と同じで、見ることができない。この蔵が、必要十分な暗闇を提供してくれるおかげで、ここではホタルの卵の発光をみることができる。保護飼育が、新しい「ふるさと伝承」の種をまいたと言える。


◇孵化直後幼虫の水中発光


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7月19日撮影
1匹の幼虫は、2〜5秒間くらいチカーッと光り、次はいつ光るか分からない気分しだいの光り方をする。孵化直後の幼虫が放つ光は相当に明るく、卵の発光に比べると、何倍もの強さがある。わずか3分間のレンズ開放でこの写真が撮れる。孵化の山場を過ぎたため、写真はこの程度になったが、孵化ピーク時の光景は実にみごと。眼前に大銀河宇宙が現われる。神秘の光景であり、神聖なものに触れたという感覚が生じる。


◇孵化直後幼虫の摂食

 孵化後間もない1齢幼虫が摂食。
消化管が緑色になったのはカワニナを食べた証し。1昼夜かかって満腹状態になった。全身が胃袋の感じで、まさに「貯め食い」のチャンピオン。前胸の紋様(半円を二つ合わせた円形)は、1齢幼虫の特徴。

9月12日未明に孵化した今シーズン最後の孵化幼虫。孵化時期のバラツキも種としてのサバイバルには有利に働くのであろう。

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9月12〜13日撮影


◇満腹で初脱皮直後の2齢幼虫

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9月10日撮影
 全身の紋様も徐々に着色しつつある。1齢幼虫のシンボルマークであった半円2つを合わせた円形の紋様(前胸)は姿を消し、2齢幼虫の前胸の紋様は、切れ目のない丸っこい単一紋様となった。


◇空腹1齢の脱皮 

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9月30日撮影

 空腹のまま脱皮し、2齢となった。側に抜け殻がある。
満腹で脱皮を迎えるものと、空腹で脱皮を迎えるものと、二通りあることが分かった。


◇3齢幼虫 

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10月1日撮影
 体長1センチ余。2度の脱皮を終えた3齢幼虫。体表は装甲車のような頑丈な感じになってきた。ゆったりした動きは、貫禄を感じさせる。もう、何があってもサバイバルを果たすだろうという安心感が湧いてくる。川に戻しても大丈夫であろう。大殿小学校3・4年生の手によって10月13日、一の坂川に放流される。だが、このような3齢幼虫の数は2割くらいだろうか、いまだ2〜4ミリの1齢幼虫や6〜7ミリの2齢幼虫のほうが圧倒的に多い。


○カワニナ採取に小学生パワーが活躍

幼虫の餌となるカワニナの、採取や飼育も行います。一の坂川流域の5つの子ども会、大殿小学校児童が、カワニナ採取に協力してくれました。地域の小学生パワーがゲンジボタル幼虫の保護飼育を支えています。


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10月1日、大殿小1年生が
はじめてのカワニナ採取


○地域パワーで「一の坂川の一斉清掃」
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(9月13日)

大殿ホタルを守る会
一の坂川風致保存協議会(川沿いの6町内会)
山口南ロータリークラブ
アートふる山口実行委員会
大殿野球スポーツ少年団

の有志が総出で「一の坂川の一斉清掃」を実施。軽トラ3台で4ヶ所に集めた大量のゴミは14〜15日に市環境保全課が回収。アートふる山口、ゲンジボタル幼虫放流と続く秋のイベントの環境が整いました。


 

 


○アートふる山口で飼育場を一般公開
(10月3・4日)

日ごろは非公開ですが「アートふる山口」期間中は開放され、飼育の様子を見学することができました。
よく知っているつもりのホタルも、幼虫を実際に見たことはなかった人も多く、初めて目にする幼虫を興味深そうに観察されていました。そしてあまり知られていない幼虫の生態や、小学校や町内会など、多くの地域の人たちの手によって飼育が行われていることを知り、驚かれていました。
また希望者を対象に、特別に「幼虫の水中発光を見る会」も催されました。


 
○ゲンジボタル放流の集い(10月13日)


 

posted by 伝承センター at 16:25| ホタルの保護飼育

一の坂川のゲンジボタル

大内氏時代、京の都より姫君を迎えましたが、都を偲ぶ姫の哀愁を慰めようと、宇治のホタルを取り寄せました。これが、山口に土着したゲンジボタルと言い伝えられています。

昭和10年12月24日に国の天然記念物に指定保護され、当時から戦後数年までは、一の坂川の本流である椹野川一帯で多く発生し、たえずホタル合戦(雄4〜5匹が1匹の雌を奪い合う)が見られたと当時の人々は話しています。室町時代に書かれた文書によると、旧暦の4月20日をホタル合戦の日と呼び、「ホタルの縁日」として、ホタルの捕獲を禁止し、また、捕獲したホタルを放してやる風習がありました。当時から美しい光の競演を見せるホタルは、初夏を代表する風物詩として人々に親しまれてきました。 
 
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昭和35年/昭和36年頃 
  
ところが、強力な農薬の出現と河川の改修や洗剤の普及などで、流水の汚染と生息地の改変が見られ、ゲンジボタルの減少が目立ってきました。

昭和40年代に入ると、農薬も低毒性のものを使用するよう指導され、河川の改修も極力配慮され施行するようになり、減少したホタルも徐々に増加の傾向がみられるようになりました。故橋本正之前県知事の構想の一つに減少しつつある山口のゲンジボタルの生息・土着を試みる保護対策があり、昭和41年から専門研究委員児玉行氏がこれにあたられました。昭和41年より農業試験場がゲンジボタルの飼育に着手し、当初は農業試験場内の小川に土着させるのが目的でしたが、昭和43年、飼育していたホタルの幼虫が限度以上に増えたため一の坂川に放流したところ、翌年数多くのゲンジボタルが発生・乱舞し、脚光を浴びることとなりました。 
  
昭和46年、8月5日の台風19号により一の坂川が流失し、市民の強い要望もあり、昭和47年、ホタル護岸による改修工事が行われ、昭和49年に完了しています。ホタル護岸工事は、数回となく市民との会合がもたれた結果、最初は伊勢橋から亀山橋の間にホタル保護対策優先の施工法を取り入れ、児玉氏がその指導にあたられました。その後、数回にわたりホタル護岸は改修されました。昭和47年には「一の坂ダム」建設も着工されています。

農業試験場での飼育放流は昭和57年まで続きました。以後、大殿小学校「コミュニティ研究会」へ、そして、平成3年に組織された「大殿ホタルを守る会」へと受け継がれ、大殿地区あげてのゲンジボタルの飼育と一の坂川の環境保全が行われるようになり、現在に至ります。

一の坂川においては次々に橋の竣工も行われ、天花橋から亀山橋あたりでホタルがよくみられます。 
 
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昭和45年頃


※昭和期の一の坂川の写真は『後河原思い出の写真集』(下後河原桜蛍会)より使用させていただきました。

posted by 伝承センター at 16:08| ホタルの保護飼育

ゲンジボタル 飼育放流の沿革

昭和61年   ゲンジボタルの人工飼育を開始するために、「一の坂川におけるゲンジボタルの自然発生状況と生息環境の調査」を行う。飼育施設の設計。
62年   飼育施設と設備の完成。成虫飼育と放流を始める。約27,000匹放流。
63年   ホタル塚設置。約20,000匹放流。
平成 2年   エアー交換。約39,000匹放流。
3年   「大殿ホタルを守る会」が発足、幼虫飼育、放流を開始。
4年   「ホタル祭り」始まる。約20,400匹放流。
5年   約15,000匹放流。
6年   約8,000匹放流。
7年   約3,500匹放流。
8年   約10,000匹放流。
9年   約8,000匹放流。
10年   約13,500匹放流。
11年   ゲンジボタル飼育場が「登録有形文化財」に登録。
12年   約12,000匹放流。
13年   「ホタル飛び交うやまぐち・山口市環境基本計画」発表。約11,500匹放流。
14年   約12,000匹放流。
15年   約8,000匹放流。
16年   約10,500匹放流。
17年   約12,500匹放流。
18年   約13,000匹放流。
19年   約13,000匹放流。  〔飼育経過〕
posted by 伝承センター at 16:01| ホタルの保護飼育